山中 拓磨
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かつて、アーセナルという名前はヨーロッパ中で、
敬意と憧れを込めて語られたものだった。
強く、魅力的で、洗練されている。
だが、アーセナルにはもう当時の面影はなく、それらは過去の栄光となりつつある。
過渡期を迎えるがサポーターは離れない
成績を落としている、というだけの単純な話ではない。
ピッチ内外に反映されるクラブの運営には稚拙さが目立ち、
そのドタバタ劇は全世界のサッカーファンにエンターテイメントを継続的に提供し続けている。
今や新聞を賑わすのは、アーセナルの素晴らしいサッカーをたたえる記事よりも揶揄する記事の方が多いくらいだ。
『守備が駄目だ。気迫が足りない。監督が良くない。経営陣が利益を上げることしか考えていない。』
アーセナルに向けられる批判は様々で、ファンは年がら年中不満を口にしている。
しかし、それでもファンがアーセナルから離れていっている、
という話はあまり耳にしないし、未だにアーセナルは(特にオンライン上では)絶大な人気を誇り、
英国内でも人気第一位の座をマンチェスター・ユナイテッドと争っている、とされている。
考えてみれば、現在国内リーグで6位に甘んじているチームにしては、それは奇妙な話だ。
では、アーセナルの何がそこまで魅力なのだろうか?
もしこれを読んでいるあなたがすでにアーセナルファンなのであれば、安心してほしい。
これを読み終わった後には自身がアーセナルファンであることを神に感謝しているはずだ。
もしもあなたが中立のサッカーファンで、特に応援しているチームがいないのであれば、断言しよう。
特定のチームのファンになることで、サッカーを観るのはより一層楽しいものになる。
そして、一つ心にとめておいてほしいのは、アーセナルはその中でも非常に良いチョイスである、ということだ。
もしもあなたが既に、アーセナルでない、他のプレミアリーグのチームのファンであるのであれば、
ウインドウを閉じようとするその手を止めて、それでもとりあえずこの記事を読んでみてほしい。
そして、読み終わった後で、その青や白のユニフォームを投げ捨てよう。
僭越ながらアーセナルファンを代表して宣言させていただこう。我々の仲間に加わるのに遅すぎるということはない。
扉はいつだって開かれている。
1) 魅惑的なアタッキング・フットボール
定期的にプレミアリーグを観戦している方ならば、ここで眉をひそめるかもしれない。
アーセナル、攻撃的サッカー、またその話かと。
使い古されたフレーズではあるし、恐らく、『
近年のアーセナルは他のトップチームと比べて特に攻撃的というわけではない』
という反論が返ってくることだろう。
確かに、一理ある。
今季のマンチェスター・シティをはじめとして、
プレミアリーグでアーセナルより得点を決めるチームはあるし、
スタイルに関しても、レアル・マドリードならカウンターを用いてアーセナルを遥かに凌駕する量のゴールを決めることだろう。
しかし、あえて強調したいのは、攻撃的ではなくむしろ”魅惑的”の部分だ。
チャンピオンズリーグで上位の常連チームを見ればわかるように、
現代フットボールの攻撃というのは綿密な戦術に裏打ちされている。
数々の決まりごとに沿って選手たちが統制のとれたロボットのようにプレイをし、
有利な局面を作り出す。
その結果、多くのゴールが生まれるのだ。
もちろんそういったやり方を否定するつもりはないし、そういったサッカーが魅力的ではないというつもりはない。
恐らくそちらの方が効率が良く、強いチームになるのは事実だろう。
しかし、アーセン・ベンゲルのサッカーはその対極にある。
彼は選手を、自身の思い描いた戦術を実現させるための駒として見ることはない。
選手の独創性を重視し、絶対の信頼を置く。
選手を思い通りに動かすことよりも、出来るだけ自由にプレイできるように心を砕く。
その結果として、彼の信頼が裏切られることも多くある。
だが、だからこそ、2013/14シーズンノリッチ戦のウィルシャーのゴールのようなプレイが可能になる。
その自由奔放なスタイルからベンゲルのサッカーはしばしばジャズに例えられる。
譜面に厳密に従って奏でられるオーケストラは確かに素晴らしい。
だが、時として、お互いへの信頼をベースに、即興で奏でられたジャズがより激しく人の心を揺さぶることもあるのだ。
2) 積極的な若手の登用
これも、何も目新しいことではなく、
以前から変わらずユース選手にチャンスを与えることはアーセナルの十八番として知られている。
しかし、変わったのはアーセナルではなく、
アーセナルを取り巻く環境の方だ。
とてつもない量の資本がサッカー界には流れ込み、特にイングランドにおいて顕著だが、
どのチームも若手選手を辛抱強く育てる必要は全くなくなってしまった。
金銭的に余裕があるのであれば、モノになるかどうかも分からない若手選手にチャンスを与えるよりも、
すでに頭角を現している選手を大枚をはたいて獲得した方が遥かに確実だからだ。
さらに、仮に有望な選手がユースチームにいたとしても、
各国のトップ代表選手が揃うチームにおいてポジションを勝ち取るというのは並大抵のことではない。
例えばチェルシーは1チームを丸ごと作れるほど多くの将来性のある若手を抱えているが、
それでも何十億円を使ってワールドクラスの選手を買ってくる。
つまり、現状ヨーロッパトップレベルのチームでは、メッシのような選手でもない限り、
ユース選手が10代のころから自然と出場機会を得て、トップチームに定着する、
というようなことは非常に起きにくくなっているのだ。
このような理由から、育成の場がリーグの下位チームであったり国外のチームに移ってきている中、
アーセナルは未だに若手選手が機会を得られることを美点として誇っている稀有なチームの一つだ。
もちろん、トッテナムやサウサンプトンの方が明らかに育成が上手だ、
という声もあるだろうが、彼らにとってはそれが成功するための不可欠な手段だ、という点が少し異なる。
サウサンプトンは選手の売却を繰り返しつつ資金を稼ぎ、リーグ順位を上げてきたし、
トッテナムは他のトップチーム程には金銭的余裕がなく、トップ選手を買いあさるようなことは出来ない。
一方で、アーセナルのシーズンチケット料金は世界で一番高く、財政には余裕がある。
先日のデロイトの発表では、アーセナルはPSGを抜いて世界第6位の豊かなクラブとなった(5位はマンチェスター・シティ)。
したがって、アーセナルが若手選手の育成を続ける背景には、金銭的理由ではなく、異なる価値観の影響がある。
もしその気があれば、チームの穴を埋めるために、完成された選手を買ってくることもできるはずだ。
だがそれでも、ユース選手の起用により、ファンは選手に愛着が沸き、選手の忠誠心も育まれると信じているからこそ、
ベジェリンを、イウォビを、メイトランド・ナイルズを諦めずに起用し続けてきた。
リーグ優勝ももちろん良いが、選手が成長するのを見ることもまた、他では味わえない種類の大きな喜びを与えてくれるのだ。
それは、2013/14シーズン、6年もの時を経て、
アーロン・ラムジーがワールドクラスの選手へと変貌し、
得点を量産し始めた際にアーセナルファンを包んでいた興奮を思い出せば明らかだろう。
3) 熱いサポーターコミュニティ
英語圏のオンラインメディア上で、最も組織立って行動するのが上手いのはアーセナルファンであることは誰もが知るところだ。
どのような強敵相手であろうと、試合結果の予想はアーセナルの3-0での勝利が8割を占め、
アーセナル公式ツイッターアカウントが一声かければオリビエ・ジルーはFIFA年間最優秀ゴールを獲得する。
そして、それは日本でのサポーターシーンにもそのまま当てはまる。
アーセナルファン同士のオンラインオフライン両方での活動や交流は非常に活発だ。
プレミアリーグカテゴリのブログランキングトップ5のうち3つほどをアーセナル関連のブログが占めることはざらであり、
大一番ともなれば、東京はもちろん北海道から九州まで、日本全国の主要都市で観戦会が開かれる。
それらのコミュニティは万人に開かれているし、それはまるで本場英国の古き良きサッカー文化がアーセナルを通して日本に再現されているかのようだ。
スポーツ観戦の楽しみは人と分かち合うことでさらに増す。
そして、もしあなたがアーセナルファンであれば、日本中のどこに居ても、いともたやすくその喜びを共有できる仲間を見つけ出せることだろう。