
2月29日のプレミアリーグ第28節、リバプールは当時リーグ17位と降格圏に沈んでいたワトフォードと対戦し、3得点を許して今シーズン初のリーグでの敗戦を喫した。リーグでは36試合振りのノーゴールとなるなど、文字通りの完敗だった。続くFAカップ5回戦・チェルシー戦にも敗れ、“史上最強”とも謳われていた無敗チームはここにきて2連敗を喫してしまったのだ。
そんな中、新型コロナウイルスの余波により世界各国のリーグ戦が続々と中断・開催延期となり、プレミアリーグも4月13日に一度目の決定で4月3日までの中断が発表され、19日には4月30日までの中断期間延長が発表された。そして中には「このままリーグを終了するべきではないか」との声も挙がりはじめている。
もし“あの試合”でワトフォードが敗れていて、このままリーグ終了となってしまったら…リバプールのタイトルは“いわくつきの無敗優勝”となり、今後数十年に渡り議論の対象となっていたかもしれない。
なぜワトフォードは「史上最強」ともいわれたチームを相手に無失点に抑え、勝利をおさめることができたのか。同様の守備戦術を敷き勝利を収めたチェルシーの例も引き合いに出しつつ、リーグの先行きが不透明になっている今だからこそ、その重要度が増している“あの一戦”を振り返ってみる。
●共通の守備戦術を敷いていた2チーム
ワトフォードはこの試合、4-2-3-1のフォーメーションで臨み、相手にボールを回させて自陣ゴール前を固めてカウンターを狙いに行く形を徹底。
トップ下を務めたアブドゥライ・ドゥクレは守備時には味方ボランチと同列に並ぶまでポジションを下げ、イスマイラ・サール、ジェラール・デウロフェウの両SHは、相手の攻撃におけるカギとなるトレント・アレクサンダー=アーノルド、アンドリュー・ロバートソンの両SBに自由を与えない様、徹底してマークを放すことはなかった。
ワトフォード戦の直後にFA杯でリバプールを下したチェルシーも、布陣こそ4-3-3とワトフォードとは違ったものの、戦術は同様、自陣深い位置まで引いて、カウンターを狙っていた。そして守備時にはワトフォード同じく、両ウイングのペドロとウィリアンが相手両SBを徹底的にマークしていたのだ。
両チームの共通点は、どちらも高い位置を取るリバプール側の両SBに対して、サイドの攻撃的な選手がマークすることで自陣バックラインに加わる形となり、終始“6-3-1”の状況を作りリバプールのビルドアップを迎え入れていたということだ。それにより最終ラインは6対5の状況になることが多く、加えて最終ラインの前にもう1列守備網を作り、中盤を3対3の状況になるようにしたことで、守備時には常に中盤と最終ラインで2つのブロックが組まれる状態となっていた。
これだけ数的同数、および数的優位の状況を作ることが徹底されていれば、今季のリバプールといえども攻めあぐねてしまうことは必然だった。
●機能しなかったリバプールの選手たち
リバプールはこれだけ統制された守備網を打開出来ず、ワトフォード戦ではポゼッション率が6割を超えるも、相手中盤の守備ラインより手前で回していたものがほとんどだった。上記の守備戦術により、ワトフォード側のDF・MFのライン間にリバプールの3トップと両SBの計5人が位置せざるを得ない状況が作られ、他の選手が入ってこれるようなスペースが全く出来なかった。よって、CBのフィルジル・ファン・ダイク、ジョー・ゴメスが長々とボールを回さざるを得ないという状況が続いた。
リバプールの中盤の選手も、しっかりと統制された相手のブロックを破壊するアイデアに欠け、 前線と自陣最終ラインを繋ぐリンク役としても機能せず、単調なパスを回すことしかできなかった。縦への意識が強いナビ・ケイタや、唯一無二の存在であるジョーダン・ヘンダーソンらが怪我で欠場していたとはいえ、リバプールは相手の徹底された守備戦術により自由を奪われ、攻撃が終始停滞してしまったのだ。
●時間の作り方にも工夫が
守備ブロックを形成するにはそのための時間を作らなければならない。今回リバプールに勝利を収めた両チームは、リバプールのCBがボールを持ったとき、CFが積極的なプレッシングをかけ、ロングボールや縦パスを防ぎ、なるべくCB同士でのパス交換の時間が増えるようにした。これにより、他の選手はその間に上記の守備ブロックを形成する余裕が生まれたのだ。
また、アレクサンダー=アーノルドとロバートソンがボールを持ったときには、ワトフォード・チェルシーのサイドの攻撃的な選手は、縦パスやサイドチェンジのパスを消すコースに入っていた。そうなると、モハメド・サラーとサディオ・マネの両ウイングはこの状況を打破するために、足元で受けようと頻繁に降りていき、それに対し守備側のSBが執拗についていくことになる。結局リバプールの両SBはバックパスせざるを得ず、この間にさらなる強力なブロックをつくるための時間ができたのだ。
●「伝家の宝刀」を完全封鎖
ロバートソンとアレクサンダー=アーノルドの両SBから始まる多彩な攻撃は、リバプールの「伝家の宝刀」である。そしてこれは彼らがプレーするためのスペースが十分に用意された上で成り立つものだ。リバプールは攻撃時にウイングが中に絞ることでSBへ攻撃参加をさせるスペースを作り、サイドで数的有利な状況を作りながら崩し、そして高精度なクロスを入れることで得点を量産してきた。
しかし、ワトフォード戦、チェルシー戦では相手両SHが徹底的にマークをしていたことによって、アレクサンダー=アーノルドとロバートソンはマークを剥がすのにかなり手を焼いた。スペースが消され、伝家の宝刀であるサイドチェンジを駆使する余裕も奪われ、クロスを上げるとしても、相手からプレッシャーのかかった余裕のない状況で放り込むものがほとんどだった。自ずと質は落ち、ビッグチャンスに繋がるような大きなサイド攻撃の展開は最後まで起こらなかった。
●リバプール側の誤算
守備時に自陣にドン引きする相手と戦ったことはこれが初めてではない。むしろ最近はその様なチームと対峙することの方が多かった。それでもここまで勝ちを積み重ねてきたのだ。
今までの試合にあってこの2試合になかったものは何か。それはセカンドボールを拾う機会が極めて少なかったことである。普段であれば、引かれた相手に対して強引に攻撃を展開して相手がクリアしても、そのセカンドボールを即座に拾い、また攻撃を展開していた。この流れがテンポ良く繰り返されて相手が力尽き、均衡を破ってきたのだ。
「前半はタフだったね。多くのセカンドボールが“走り回っていた”。ボールを常に持っていたが、クロスするのにも、フィニッシュするのにも適切な位置に持っていけなかった。相手は非常に良かった。組織化され、この日のために最高のセットアップを用意してきていた」
指揮官であるユルゲン・クロップもワトフォード戦後、独特の言い回しをしながらこの様に語った。一節前のウェストハム戦でもセカンドボールに関しては同様のコメントを残しており、いかにリバプールというチームにとってセカンドボールを拾うことが重要であるかが分かる。
先述したようにキャプテンのヘンダーソンの離脱もクラブにとって大打撃だった。彼は今季、息をするようにセカンドボールを拾い続け、相手に一切のカウンターを許さなかった。リバプールは引いた相手に対してリスクを負いながらも圧力をかけられるチームだが、セカンドボールを拾えないとなると、それだけカウンターを食らってしまうという驚異が待っている。両試合ともその驚異と幾度となく対峙して力尽きたことで自滅してしまった。そう言っても過言ではないかもしれない。
●最強チームに勝つためのヒント
リバプールを下した2チームの守備システムが酷似していることは、間違いなく偶然ではないだろう。相手の良さを消し、自由を与えないために試行錯誤した結果がこの様な戦術を生んだわけだ。
では改めて今回ワトフォードとチェルシーが敷いた守備戦術のポイントをまとめる。
まず1つ目は、リバプールの攻撃の肝となる両SBに自由を与えないことだ。その対応策として両チームはサイドの攻撃的な選手に徹底的にマークをさせ、攻守においてハードワークを求めた。
次に、ライン間での集中した守備が挙げられる。どちらも守備時はコンパクトな“6-3-1”のフォーメーションを敷き、2つのブロックを作ることを徹底した。そして“6-3”のライン間で相手に自由を与えない様にするため、極力リバプールが“3”のラインより手前でプレーする時間が長くなるように徹した。
そして、これらのポジショニングを形成する時間を生み出すために、相手バックラインだけでパスを回させる構図を作り出す。主にこの3つが肝だろう。
未だリーグ再開の目処は立っていないが、もし再開されれば、今後同様の戦術をとる相手はより増えていくはずだ。このソリッドな守備を90分間通して続けるには、相手がボールを保持しているときの集中力は不可欠だ。そしてチームとしての組織を一切崩さず、かつ献身性も求められてくる。要は簡単ではないということだ。
とはいえ、ワトフォードとチェルシーが見せてくれた“リバプール攻略劇”は、最強チームから勝ち星を奪うための1つのヒントとなったのかもしれない。

プレミアパブ編集部
