英国の魂を揺さぶり、夢を与える国技。フットボールにしびれた理由(森昌利)

    正式にプレミアの取材を始めたのは2001年夏、

    元日本代表FW西澤明訓のボルトン移籍がきっかけだったが、

    サッカー関連の原稿はその半年前の2000年12月に書いた宮本恒靖のウエストハム移籍に関するもの。

    プロ・デビューはかろうじて20世紀内に達成しており、ライターとしてのキャリアは18年を数えた。

    しかし1993年にイングリッシュ女性と結婚して英国移住をする前の僕は、サッカーに関して、全く無知だった。

    僕は元々ティーンエイジャーの頃に出会ったロックンロールにのめり込み、ミュージシャンになりたかったというナンパな不良だった。

    ビートルズや1970年代半ばに始まったパンクロックのムーブメントには人並み以上に詳しいが、イングランドがサッカーの発祥国であることはもちろん、この国で熱狂的な人気を集めるスポーツだということもつゆほども知らなかった。

    当然、ナンパな不良だったので体育会系とは無縁。

    それどころか1年の先輩後輩で厳しい年功序列がある世界は理不尽で大嫌いだった。

    なので、僕の昔を知る旧友達は、僕が英国でサッカーの取材をしていると聞くと、大抵の場合、本当に不思議そうな顔をする。

     

    ところが、だ。

     

    体育会系を毛嫌いしていたはずなのに、英国サッカーのとてつもない魅力にとりつかれてしまったのである。

    しかしここで断っておくが、もしもイングランドのサッカーが日本のそれと同じようなものであったら、僕の関心をここまで引きつけることはなかっただろう。

    日本のサッカー、というより日本の体育会系はすぐに

    「上手いか下手か」

    という区別になると思う。

    つまり、技術第一主義。

    上手くないとえらくない。上手くなると下手を差別する。

    ところが才能というものは全くもって不平等なもので、みんながみんな、その競技が上手になれるとは限らない。なので日本の体育会系は始めから選ばれた人のもので、上手くないと意見も言えないようなところがある。

    そこが僕のような不器用な人間には面白くないし、好きになれないところなのだ。

    一方英国のサッカーというとー。

    いや『サッカー』という名称を使ってこのスポーツを呼ぶのはここでやめにしよう。

    日本の体育会系が苦手な僕を虜にしたのは、古(いにしえ)から英国に伝わる非常に荒々しい球技であり、この地の人々が『FOOTBALL』(フットボール)と呼ぶ英国伝統の国技だ。

     

    『フットボール』。

     

    これはまさに英国では魔法の言葉である。この言葉を聞くと、それまでろうあ者のように黙りこくっていた凶悪な面相の男も、突如として幼子のような無邪気な笑顔を浮かべ、あっという間に饒舌となり、自らの心に深く根付いたフットボールを語り始める。

    英国男子として生まれたらなら、まずフットボールをしないという選択はない。

    ボールを蹴ったことがない男の子なんて皆無だ。

    しかも、ボールの奪い合いは苛烈。この部分は今でも完全に格闘である。つまり英国男子にとってのフットボールとは、怪我を恐れぬ男の強さとたくましさがものを言う球技なのだ。

    だからして、まずフットボールに必要なのはボールの奪い合いを恐れない『勇気』ということになる。それが英国におけるフットボーラー(サッカー選手)の原点なのだ。

     

    どうです?

     

    なんかこう聞いただけで男の魂を揺さぶられたような気になりませんか?上手い下手よりまず勇気。ロマンティックではありませんか。

     

    よくプレミアのフットボールが「フィジカル」だと言われるが、それも当然の話だ。もう一度言うが、この国のフットボールでボールの奪い合いは格闘なのである。

    それは元々、英国でフットボールとラグビーが同じスポーツだったという事実からも明らかだ。敵と味方に分かれて、それこそ殴る蹴るの格闘でボールを奪い合い、押し合いへし合いながら、相手のゴールになだれ込む。それが英国の原始のフットボールだ。

    しかし1863年に世界初のフットボール・アソシエーション(FA)が発足して、手の使用を禁じたところから、現在のフットボールの原型が世界に伝播した。

    そして「手を使わないフットボールなど認められない」といきり立ったグループがラグビーの始祖となったのである。

    だから今も、発祥国だからこそ、原始の記憶が残り、格闘技の要素が色濃く残る英国で、フットボール・ファンは選手の技術が未熟で起こったミスに対しては、もちろんがっかりするが、怒らない。

    ところが相手のプレスを恐れてもう一歩の踏み込みが足りない選手や、ボールの見極めが早くギリギリまで追わない選手には猛然とブーイングを浴びせる。

    ちょっと話は横道にそれるが、日本代表FWの岡崎慎司がレスターで絶大なる人気を誇るのも、そこだ。サポーターはゴール数以上にピッチ上で全く休まない”岡ちゃん”の貢献度、存在感をしっかり認識し、支持するのだ。

    僕はこういう、上手い下手を越えて、勇気とハードワークを何よりも尊ぶ英国フットボール・ファンの感性が大好きだ。すごく公正だし、それにボール争いを恐れず、足を止めないフットボールほど感動を呼ぶものはない。

    個人的には5〜6年前まで一世を風靡したカタロニアのビッグクラブのような超技巧的なフットボールなんて、ちょっとすごいと思った程度で、感動するまでの代物ではなかった。

     

    そしてもう一つ、

     

    フットボールが英国で単なるスポーツを越えた気力を振り絞って走る格闘技であることに加え、これも僕がこの国のフットボールに夢中になった重要な要素なのであるが、発祥国のフットボールは労働者階級、つまり一般大衆に心から愛され、貧困を脱する夢を与える球技であるということだ。

    英国には今も歴然と階級社会の様相が色濃く滲み出ている。

    王室を筆頭に、一部の貴族階級は今も膨大な不動産資産を所有し、この国の富を独占し続けている。バッキンガム宮殿やロンドン郊外のウインザー城も王室の所有で、その上にロンドン一等地の地主として、今も莫大な賃貸収入がある。

    皇室が皇居や京都御所を私有財産として所有し、銀座や赤坂を持っている、とでもいった感じだろうか。

    一方、産業革命の頃から英国の生産業と、こちらは1970年代に死滅したが、炭鉱を支え続けた一般大衆は『ワーキングクラス』(労働者階級)と呼ばれ、今も文字通り一生を身を粉にして働き続けている。

    特にイングランド北西部の地方都市、例えば港湾都市のリバプールや工場街のマンチェスターといえば伝統的な労働者の街。だからして当然のように熱狂的なフットボールの街としても有名になった。

    昔は生まれ落ちた階級に一生甘んじるしかなかったが、1960年代から様子が変わった。硬直しきっていた英国の階級社会に突如として風穴が空き、労働者階級から大富豪が登場するようになった。

    その代表がビートルズやローリング・ストーンズを始めとするロックンロールの大スター達。そして、1966年に母国開催のW杯を制したイングランド代表や飛び抜けたルックスと信じがたいスキルで国民的アイドルとなったジョージ・ベストといったフットボールのヒーロー達だった。

     

    「子供の頃、俺たちの楽しみはロックンロールとフットボールだけだった」

     

    これは1990年代に一世を風靡したオアシスのリーダー、ノエル・ギャラガーのコメントだ。

    運良く2008年に、オアシスが解散する間際にラスト・アルバムのプロモーションの一環でインタビューすることできた。これはその際、マンチェスター・Cの熱狂的なサポーターでも知られるノエルが僕に直接語った言葉である。

    レコードを擦り切れるほど聴くか、好きなフットボール・チームの話をすることで、少年時代を過ごした。貧困から抜け出すためにはロックンローラーになるか、フットボーラーになるかの2者選択だ。

    これぞアメリカン・ドリームならぬイングリッシュ・ドリームだ。こうした英国の一般大衆が抱くフットボールに対する憧憬は、10代の頃、リアルタイムで矢沢永吉の自叙伝『成り上がり』に感動した僕に、ピンポイントでアピールするわけである。

    まるでロックンロールじゃないか。一般大衆のエネルギーに後押しされて、気持ちも体も技術も全てピッチの上で出し切って、魂を揺さぶるようなパフォーマンスをする。

    そんな英国のフットボールと出会って、1990年代の半ばごろから、僕はイングランドのプレミアリーグの試合を夢中で追いかけるようになったのである。

    書き手 森昌利(もりまさとし)

    1962年3月24日福岡県福岡市生まれ56歳。フリーランスライター。

    1993年3月、英国人女性と結婚して渡英。英国のサッカーならぬ『フットボール』と出会い、2000年12月より原稿を書き始める。

    プレミア取材歴は今季で18シーズン目。英国在住25年ならではの視点で発祥国の燃えるようなフットボールを解読する。



    【了】

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